生粋慶應ボーイ、部活しかしてこなかった私が完全実力主義のITベンチャー企業で感じたこと


私服で学校に行っている奴らがいる。
10歳の時に、公立小学校の存在を知った。

私は縁あって小学校から慶應の門をくぐり、17年間
福沢諭吉先生の「独立自尊」の思想のもと、有意義で自由な学園生活を送り高校・大学時代はボクシング部に所属、ひたすら部活動だけに力を注いだ。

友達は言わずとも知れた大企業の御曹司、政治家、医者の息子ばかり。
次第に価値観は、豊かなもので構成されていった。
私自身も何不自由ない生活を両親に実現させてもらった。

ただそれらの背景から、いわゆる「世間知らず」という姿に次第に自分がなっていくことに気付いた。

「お前ら幼稚舎からの慶應生は明日食べるために働いてる人がいることを全然分かってない!」

ある時、OB訪問で言われたことだ。
私は何も言い返せなかった。

このままエスカレーター式に大企業に入ったとして、そこでの安定を求めることが正解なのだろうか。そんな疑問が生じてきた。
私は常に守られた環境で生活し、人生を自らの手で決める機会を経てこなかった。(受験その他諸々..)

せっかくこの世に生まれたのなら、自らの手で様々な意思決定をし、事業を作ってみたい。
そう思うようになっていった。
そんな時、出会ったのがベンチャー企業として成長中の株式会社じげんであった。

じげんは私にとって未知の世界だった。
社員が使う言語はIT用語、エンジニア・デザイナー・マーケティングに関する用語。

まるで分らない…

同期共にゼロからのスタートとはいえ、投資知識・経営経験があり、エンジニア技術を習得している同期。
知識、ノウハウは全く歯が立たなかった。
悔しさと情けなさとの格闘だ。
なぜ、この会社は私に内定をくれたのだろうかとも感じた。

海外に旅行し、見知らぬ地で心の中がそわそわして落ち着かない経験をしたことはないだろうか。
そして成田空港に着いた時に、ドっと安堵感に包まれる。
人は日頃過ごしている環境を明日も期待する生き物だそうだ。
なぜなら単純にその方が居心地が良いからである。
私は毎日がハラハラで、明日には自分の居場所が作れているだろうと期待し、まだ作れていない自分に腹が立ち1日1日が経っていく。
これが正直相当辛かった。

そんな時私はじげん社員から
「量質転化の法則」を教わった。

“ある一定量を積み重ねることで、質的な変化を起こす現象”という意味だ。

すなわち全く無知の自分が、じげん社員と対等に議論し、自ら心地の良い場所を作るには圧倒的な学びの量が必要だったということだ。
私はおそらく世間一般の人から見ると、ボクシングしかしてこなかった
部活バカだと思われているだろう。
だが私の強みは部活で培った、「気合いと根性」。
質を量で補うためには、その強みが十分武器となる。

私は就職活動を始める際、自分は将来何者になりたいのか、自らに自問自答を繰り返した。その結果経営者にならなくてはいけないというノルマを自らに課した。この考えに至ったのは経営者として私たちに豊かな生活を実現させてくれた父親の影響があった。

私はじげんの面接で「親父を越えるために、事業・組織を27歳までに作れる人間にならなくてはいけない」と告げた。そうすると私の最終面接官は「27歳とは言わず、入社から1年目の25歳を目指しなさい。」と言い私に内定を出した。
その時に、じげんへの入社を決めた。
じげんは、会社の信頼を得ることができたならば、他社では想像もできないほどの裁量権を与えてもらえる最高の舞台であった。

その舞台を存分に暴れまわるために、私は圧倒的な量をこなしそこから得られる質と、気付きを大吸収する必要がある。

他人とは異なる非常に稚拙で、単純な戦術かもしれないが私が経営者になるための近道はおそらくこれしかないだろう。
私はこの量質転化を常に心がけ、現状維持=衰退をモットーにじげんの掲げる事業家集団といち早くなれるよう
今後の自分に期待したい。